綾鷹物語

第三話 利休・織部・遠州が愛した上林家の茶

茶人たちの活躍を支えた宇治の茶

織田信長や豊臣秀吉など、天下人との深い関わりと同様に、茶の湯の道を極めた茶人たちと上林家の関係も見逃すことができません。その中でも、茶道の大成者として知られる千利休は、上林家の茶をこよなく愛した茶人のひとりでした。
千利休は、信長の茶頭(ちゃどう)として茶事を司り、信長亡き後は、秀吉の茶頭として重用され、天下一の茶人としての地位を高めていきます。天下人のもとで、茶室から道具、その精神に至るまで創意工夫を重ねて洗練させ、茶道を完成させました。そうした利休の活躍を支えていたのは、宇治の茶であり上林家の茶師だったのです。

千利休画像 堀内仙鶴筆(表千家不審案菴)

利休の養女、上林家に嫁ぐ

残された手紙などから読み取ると、利休は、たびたび宇治を訪れ自ら宇治の茶に接していたことがわかります。利休から上林家に宛てた書簡には、茶を届けたことへの礼を述べたあと、追って茶壺を送るので念を入れて良い茶を詰めてほしいと書き記したものがあります。この手紙が書かれたのは、あの本能寺の変の3ヵ月前、天正10年(1582年)3月のことですから、すでに早くから利休が上林家から頻繁に茶を仕入れていたことを窺い知ることができます。また、利休の養女が上林家に嫁いでおり、両家は相当に親しい関係であったようです。

茶壷と、茶壷の内容を記した入り日記

利休、上林竹庵のお手前を誉める

利休と上林家の関係を物語る逸話が、もうひとつ伝えられています。初代上林春松の弟にあたる上林政重(まさしげ)は、茶道を志して茶の湯を利休から学び、竹庵(ちくあん)と号していました。ある時、竹庵は弟子数人を伴った利休の一行を茶会に招くのですが、天下一の茶人・千利休が訪ねてくれた喜びと緊張のためか、竹庵は茶筅(ちゃせん)を倒すなどして散々なお手前になってしまい、利休の弟子たちから冷笑されます。
しかし、利休は「本日のお手前は天下一である」と竹庵を誉めます。帰途、弟子がその理由を利休に尋ねると「竹庵は点前を見せるために我々を招いたのではなく、一服の茶を振舞おうと思い招いた。湯がたぎっている間に一服の茶を点てようと思い、一心に茶を点ててもてなしてくれたではないか。その心に感じ入ったからこそ賞賛したのだ」と答えたそうです。利休の上林家への温かな愛情が伝わってきます。。

上林春松本店の章

  • 第一話 戦国の覇者、信長と上林家
  • 第二話 太閤の御茶頭取・上林家の誕生
  • 第三話 利休・織部・遠州が愛した上林家の茶
  • 第四話 上林、茶の天下をとる
  • 第五話 御茶壷道中の栄誉、そして挑戦の時代へ
  • 最終話 上林春松本店、親子二代が語る「上林春松本店と綾鷹」

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